妊娠中に思い描いていた赤ちゃん育児とのギャップ

出産してわかった、お母さんの余裕の無さ!寝る時間すらままならない

妊娠していた時は、出産後の生活を夢見ていたものです。

「子供が生まれたら、あれをこうして、こういうところにいって、それでたまには私も息抜きをしてー」とか、「子供が生まれてもキレイなお母さんでいなきゃね!」なんてことを思っていたものですよ。

しかし、赤ちゃん育児って本当に余裕がないのですよね。

とくにうちの子はまとめて寝ない子でしたから、こっちは寝不足状態なものでした。常に寝不足状態ですよ。だって、眠ったかと思ったらすぐにまた、オギャーッと泣いて起きるのですから。

しかもずーっと抱っこをしていればスヤスヤと眠るという子でしたからね。ベビーベッドに置けば起きてしまうんです。

ですから赤ちゃんをずっと抱っこしているじゃないですか。

そうすると私が眠れないわけです。

「それならば子供が泣いてもベビーベッドに置いておけばいいじゃん」「ミルクもオムツも大丈夫なら、ベビーベッドに置いてもいいじゃん」と思う人もいるでしょう。

実際に、自分の住んでいる地区の保健師さんに、「赤ちゃんが私が抱っこしていないと泣くので寝る時間がない」ということを相談したら、そのように言われましたからね。

けれど、狭いマンションの部屋ですから、赤ちゃんが泣いたら私が安眠できないじゃないですか。

私は赤ちゃんが泣く声だって気になってしまうタイプですから。

というか旦那のように、赤ちゃんが泣いていてもまったく気にせず眠ることなんてできませんよ。

瞬時に飛び起きてしまいますもん。

なので働いている時は良かったのです。

朝寝坊で遅刻なんてしませんから。

しかし赤ちゃん育児では辛かったですね。

少しでも赤ちゃんが泣いたら起きてしまいますから。

かといって、すぐにシャキッと身体が動くわけではなくって、眠い中あやしたりオムツを替えたり授乳するのは辛いんですよ。

けれどうちの赤ちゃんはすぐに起きてしまう子ですから、すぐに泣いてしまう子ですから…と、赤ちゃん育児の時は本当にもう睡眠不足でした。

ですから妊娠中に思い描いていた赤ちゃんとのほんわかした暮らしなんてなかったですね。

私の心の余裕もなくなっていますので、ママだけどファッションにも気を遣っておしゃれで可愛い服を着て赤ちゃん育児ーなんてしていなかったですもん。

常にTシャツジャージですよ。

もっと正確にいえば、夏場は授乳ブラとハーパンのみというファッションでした。

妊娠中に思い描いていた赤ちゃん育児ライフは現実とは大きなギャップがありましたよ。

でも、赤ちゃんは可愛いのですけれどね。

初めての妊娠で驚いた自分の味覚変化と妊娠線予防対策!

新しい命が、自分のお腹に宿ったと知ったのは、不覚にも嘔吐を伴う風邪を引いたと思ったのがきっかけでした。

結婚してまだ10日余り、不調を妊娠した為だとは思いもしなかったのです。

薬を飲まずにいて正解!と、当時は心底安堵したものです。

酷い悪阻が約2カ月程で治まり、今度は今まで苦手だった食べ物が無性に食べたくなりました。

美味しいと思わなった物が、美味しいと感じる・・・聞いた事はあったけど、まさに母体の不思議。

1度も美味しいとは思った事の無い、納豆とセロリが美味しいと感じ、身体が欲する感じ。

逆に、今まで大好きだったお刺身が食べられなくなりました。

それに、1度食べたい!と思うと、我慢が出来なくなり真夜中に買いに行った程です。

食べられないとイライラし、旦那さんに八つ当たりしてしまう。

ある意味、旦那さんにとっては悪阻の状態の私を見ているよりも辛かったかもしれません。

自分が完全に八つ当たりされ、真夜中にコンビニから深夜までやっているスーパーを目的の物が見つかるまで走り回っていたのですから。

今となっては笑い話。

いい思い出です。

お腹が徐々に膨らんできて、次に心配なのは妊娠線です。

まるでスイカみたいな模様の、お腹にはなりたくないと当時は必死。

あれこれ試してみて、1番私に合った商品はDHCの『薬用ボディライナー』でした。

よく伸びて、少量でも塗りやすく、お肌もスベスベになって潤って結果、妊娠線はほぼ無しです。

ゼロではないですが、ほぼ元の状態のお腹。

しかも、出産した後もシワシワにならずハリのあるお腹です。

妊娠線はこれで乗り切り、お産の際の切開。

これが私にとって絶対に阻止したい事でした。

抜糸の時はかなり激痛だと周りに言われていたので、何としても回避せねばと安定期に入ってすぐにある事を始めました。

もっともデリケートな大切な部分です。

安定期に入ってからケアは旦那さんとご一緒に。

オイルを手に取り、手の平で温めてからデリケートゾーンに優しく塗ってもらいます。

赤ちゃんの出てくる場所をやさしく、優しく撫でるようなマッサージです。

スキンシップ効果もあって、夫婦仲もさらに深まります。

男の人は中々、お父さんスイッチが入りにくい方が多いようなので、お腹の妊娠線予防のケアも一緒にやると効果的かもしれません。

赤ちゃんの胎動も感じられて実感が湧き、父親としての自覚や責任感、父性本能が刺激されて妊娠中も今まで以上に思いやりある行動が増えました。

何よりも、赤ちゃんと対面してすぐに、お父さんスイッチがスムーズに入ったそうです。

旦那さんにとっても良い対策だったようです。

その甲斐もあって、私は切開せず、お産する事が出来ました。

現在子供は2人。

2人共、切開せず縫わずに大丈夫でした。

生理痛が酷い人は気を付けて!初めての出産、陣痛へのイメージの罠

私は昔から生理痛が酷く、毎回ではありませんが、授業中に倒れて担架で保健室に運ばれる、ということもしばしばありました。

産婦人科も数件受診しましたが特に病気が見つかることもなく、全ての病院で若い人に多い月経困難症ではないか、と診断されました。

そんな中結婚、妊娠。

生理不順はありませんでしたし、月経困難症で不妊気味になるという話も聞いたことはありませんでしたが、母が「妊娠できてよかった!」と泣きながら喜んでいたのを覚えています。

私以上に妊娠については心配していたようです。

妊婦生活の後半は、お腹の張りが強く切迫早産でトイレと食事以外は立つことも禁止の状態が1ヵ月以上続いたため、とにかく退屈でした。

PCを見るために座ることもできなかったため、毎日横になってスマホで妊娠、幼児教育についての知識を仕入れる日々。

そんな中、出産の痛みはどれくらいなんだろう、どんな痛みなんだろう、産後はどれくらい痛いんだろう、という不安から出産したときの体験談などを読み漁っていると、「陣痛の痛みは生理痛の痛みを酷くしたもの」という記事を発見!

よくわからない痛みが来るという恐怖から、痛いんだろうけど生理痛であれば我慢できるだろう、という安心感に変わったのを覚えています。

切迫早産でおなかが張った時も、確かに生理痛の時と似たような痛みが度々ありました。

その後、どうやら出産時に股が割けてしまう痛みよりも、出産時の生理痛の痛みの方が辛いらしい、というのを複数のブログで見つけ、そうであれば私にも出産は乗り越えられるかもしれない、とにかく、生理痛のような痛みがあれば病院へ行こう、と決意をしました。

そして予定日当日。

朝9時頃、すでにお腹がぎゅっと中から握られているような痛みがありましたが、生理痛の酷い時よりは強い痛みではありません。

10分くらい耐えると痛みが引いたので、もしかして陣痛が来るのが近いのかな?今日予定日だしな、くらいの感覚で寝てしまいました。

実は、これがすでに陣痛の始まりだったんです。

痛みなんか気にせず寝てしまって、起きたのは11時頃。先ほどより明らかに痛みが来る間隔が短くなっており、痛みも強くなっています。

産まれるかも、なんて他人ごとに思いながら病院へ連絡。

現状を伝えると、看護師さんにタクシーを呼んで今すぐ病院へ、動けなかったら救急車を呼んでほしい。

すぐ来れるか?と聞かれてしまいました。

電話口の看護師さんは焦っている様子なのに、私はまだ自分の状況がわからず、夫に電話して迎えに来てもらって、それから向かいますね~と返したのを覚えています。

その後、仕事を抜けてきた夫に病院まで送ってもらい、自分の足で産婦人科へ。

私は本当にケロッとしていましたが、看護師さんに診てもらうとすでに子宮が開いている、破水もさっきしたようだ、もう産まれる!とバタバタ。

結局病院について30分で第一子を出産することになりました。

夫は立ち会うかどうか最後まで悩んでいて、とりあえずコーヒーを飲んで落ち着こうと私を診察室に送り届けた後、コーヒーを飲んで覚悟をしている間に産まれたようです。

夫婦ともに、まさかこんなに早く産まれるなんて、と驚きました。

出産は確かに痛かった。

産まれてくる直前なんかはもう嫌だ!と駄々っ子状態でしたが、苦しかったのはほんの30分程度。

出産はものすごく痛いもの、壮絶なもの、という意識が強すぎたせいで、危うく自宅で産んでしまうところでした。

出産の痛みは人それぞれ。陣痛が起こって診察台に行き、実際に産むぞ、となってからの時間が長ければそれは壮絶な痛みとなるでしょうが、陣痛の始まり方はそこまで酷くない私のような人もいるでしょう。

普段と違う痛みを感じたときは、変に遠慮せずすぐに病院へ行ってくださいね。

大変な思いをして生まれてきた子を大きな心で見守る母になりたい

新婚当初は共働きで、ストレスも多くあったのでなかなか子宝に恵まれませんでした。

結婚三年目でようやく妊娠することができました。

待ちに待った赤ちゃん、妊娠がわかった時は本当に嬉しかったです。

妊娠がわかった翌週からひどいつわりが始まりました。

オレンジジュースを飲んだ直後に戻してしまいました。

それから何も食べられず、水を飲むことさえも辛い日々が続きました。

真夏だったので、トイレにこもることも大変でした。

葉酸サプリだけは取ろうと、飲んだら吐かないように我慢していました。

テレビでグルメや料理番組を見るだけでも吐き気を催し、臭いもダメでひたすら家で横になっていました。

体重も7kgほど減り、点滴を打ちに通院もしました。

妊娠7ヶ月までその状態が続きました。

妊娠は嬉しいはずなのに、なんでこんな辛い日々が続くのかと涙が出る日もあり、お腹の赤ちゃんにゴメンねゴメンねと謝っていました。

7ヶ月が過ぎると、嘘のようにつわりが治まりました。

食べられることがどんなにすばらしいか気づきました。

そこから痩せた分は一気に取り戻してどんどん太ってしまいました。

順調に赤ちゃんも大きくなり、出産することができました。

ホッとしたのも束の間、出産直後に出血多量で意識を失い、私だけ大きな病院へ搬送されてしまいました。

せっかく生まれた我が子と5分も一緒にいることができませんでした。

搬送先で処置をしてもらい意識を取り戻すことがてきましたが、4日ほどそこで入院することになりました。

起き上がることもできず、時間になると搾乳だけして、それを我が子に届けてもらいました。

生まれたばかりでお母さんと離れてしまって申し訳ないのと、ちゃんとお世話をしてもらえているか心配なのとで涙が出て仕方ありませんでした。

入院して3日目、トイレには行けるようになりました。

主人が毎日面会に来てくれていましたが、ある時赤ちゃんのことで話があるとのこと。

先生から、赤ちゃんの心臓から雑音が聞こえていて、詳しく検査をしてみてほしいと。

それを聞いていてもたってもいられなくなり、一日退院を早めてもらい、赤ちゃんいる病院へ転院することになりました。

数日ぶりに会う我が子に早く会いたくて病院に着いたてすぐ部屋に行こうとしましたが、貧血がまだひどく、全く歩けなくなりました。

看護師さんが赤ちゃんを連れてきてくれました。

抱っこできた瞬間、かわいさと安心したのとで涙が溢れてきました。

そこから四日間そこでお世話になり、退院することができました。

退院したその日に赤ちゃんの心臓の検査に行きました。

心室中隔欠損症と診断されました。

1歳までに自然閉鎖しなければ、手術とのことでした。

しばらく様子見で、大丈夫と思いながらも、不安な日々をすごしていましたが、三ヶ月健診で自然閉鎖したと言われました。本当に嬉しかったのを覚えています。

そんな我が子ももう小学生になりました。

何かある度におろおろしてしまい、すぐに心配してしまいますが、ゆったりとした気持ちで、大きな心で見守るお母さんになりたいと思っています。

私と旦那の人生を変えてくれた大切な赤ちゃん

私は現在妊娠してから10ヶ月の妊婦です。

旦那とは結婚して2年目になります。

付き合っていた時から結婚するまでの約3年間私たちは本当に遊んでばかりでまともに貯金もしていないような生活を送っていました。

2人で暮らすには何も問題はなく、楽しくすごしていましたがやはり周りの友達などをみて結婚して出産をしている人をみると子供は欲しいなと常に思っていました。

年齢とこれからのことを話し合って、私たちは自分達を変えていくことを決めました。

浪費癖のある私たちは初めのうちは中々うまくいかず、2人で試行錯誤していました。

そんな時に運良く私たちの元に今お腹の中にいる赤ちゃんが来てくれました。

妊活を始めてから2ヶ月ほどで私たちの元に来てくれて本当に嬉しかったです。

待ち望んでいた私たちは妊娠検査薬をずっと持っていて、いざ検査薬をして陽性反応が出た時に嬉しすぎて2人で泣きました。

その時にこの子を大切にしていこうという気持ちがとても強くなりました。

私は初めての妊娠だったので、初期の頃は流産しないか不安で仕方なかったです。

幸いなことに職場の方々もとても優しくしてくれて身体をとても気づかってくれました。

お腹の子も元気に成長してくれて、安定期に入り今度は性別が気になって仕方なかったです。

どちらでも嬉しい気持ちがありますが、知りたくてそわそわしていました。

7ヶ月の検診の時に旦那が気になりすぎて先生に性別を聞いた時、女の子と教えてくれて旦那はきっとベタ惚れしちゃうねと話していました。

まだ、お腹の中にいるのでもしかしたら男の子が出てくるのではないかとヒヤヒヤしてますが、どっちが出てきても私たちの宝物なので大切に育てようと思います。

この子がお腹に来てくれてから、浪費癖のひどい私たちは本当に変わりました。

貯金なんてあるようでなかった私たちはこの8ヶ月ほどで胸を張って貯金!といえる金額まで貯めることが出来ています。

これは本当に2人で驚きました。

よく、妊娠中はママとパパになる為の準備期間といいますが私たちはまさにその通りでこの子に人生を見直されました。

本当に感謝しています。

現在10ヶ月を迎えてまもなくお腹の子に会える時がやってきます。

今はお腹の中で動いているのが目に見えるくらい大きくなったお腹を旦那と毎日わくわくしながら見ています。

お腹が動いているのを見るととても驚いている旦那をみて、幸せに思えます。

まだ、ママとパパとして未熟な私たちですが2人でこの子を守って行こうと思っています。

インドでの不妊治療を通して考える高齢出産のメリットとデメリット

去年、インドで結婚46年目にしてやっと妊娠と出産をした72歳の女性の事が話題になりました。

インドでは、子供が居ない家庭に対しての社会的な偏見が有り、夫婦2人だけで家庭を築いて行く事自体が、日本を含めた先進国と比べて見ても、とても難しいそうです。

父親になった夫の年齢は79歳なので、一般的な家庭で言えば、孫か若しくは、曾孫になります。

此の夫婦は、養子の息子を育て上げたのですが、大人になってからはアメリカに行ってしまい、残された夫婦は結婚当初からの長年の夢であった「自分達の子供を持つ事」に挑戦するのです。

体外受精で2年間の間、色々な困難に遭いながらも遂に、自分達の遺伝子を引き継いだ子供を妻が妊娠する事に成功しました。

私は、此の二ュース記事を読んで「もし、養子の息子さんが遠いアメリカに行かずに、自分を実の子供として育ててくれた両親の居るインドか、その近くの国に行ったとしたら、元々子供が好きだった夫婦は体外受精を考えなかったかも知れない。」と思ったのです。

結婚当初から子供が欲しくて、不妊治療をしたかったけれどその資金も無かった若い当時は、子供を養子としてでも家庭に迎えたかったのだと推測出来ます。

高齢になって、十分な資金も出来てから自分達の子供を持つ事は、色んな面でリスクが伴います。

先ず、女性側が出産後に体調不良になるケースが実際に起こっています。

2008年に、同じインドで70歳の女性が妊娠、出産した後に潰瘍、癌、子宮破裂等の健康問題に悩まされています。

化学療法や、3回に亘る手術に耐えて来た彼女は、未だに体調が優れない日々が続いているらしく、高齢になってからの不妊治療は問題点が多く有ると言わざるを得ません。

子供の事を考えたら、成人する迄の20年間は親に責任が有ると周囲も言うでしょう。

72歳で産まれた子供は、成人した時に、父親は99歳で母親は92歳となるのです。

其れ迄、子供さんの為にも親が長生きして欲しいと個人的に思います。

20年間は、一般的な家庭の余所の子供達よりも、様々な面で苦労すると思います。

思春期になれば、尚更苦悩するのではないでしょうか。

自分達の子供を持ちたい気持ちは分かりますが、子供の気持ちも十分考えてから妊娠、出産に挑戦される方が良いと思います。

子供は一人っ子になる可能性が高いでしょう。

もし、いざという時に、頼れる親戚が居るのか、子供を育ててくれる大人が周囲に居れば良いですが、居なければ、不妊治療も考え直した方が良いかも知れません。

つわりがなければもう1人ぐらい産んでも良かったかな

私は2人産みました。

1人目の時は最近なんかムカムカするなぁと思ってたら数日後には吐き気の嵐でこれが悪阻?と思い産婦人科に行きました。

初めての産婦人科!女医がいる病院に行きました。

でもその日は併設の小児科の担当だったらしく男の先生でした。

とてもショックだった記憶があります。

その時は口の中に入れたらすぐ吐いてばかりいたので先生から脱水症おこしてると言われ点滴されました。

おしっこも自分で出す事も出来なくて管を入れられました。

本当恥ずかしいやら気持ち悪いやらで大変でした。

その後も吐き気はずーっとあり10ヶ月間ムカムカでした。

2人目の時も悪阻は酷く、脱水症、吐きすぎて栄養不足となり入院するか誰か面倒見てくれる人を付けろと言われました。

なので母に来てもらい食事の用意などを手伝ってもらいました。

妊娠後期には胃の圧迫からかまたまた吐き気の嵐がやってきました。

吐きすぎて食道がやられてしまったり、嘔吐物に血が混ざってしまい入院することになりました。

年末だったので1人で年末年始を病室で過ごすことになり寂しかったです。

悪阻は他の人からは全くと言ってもいいくらいわかりにくいです。

本当に人それぞれです。

重い悪阻の人もいることをもっと良く知ってもらいたいです。

病院に香水つけている人や食べ物の匂いがキツイ人。

その匂いで気分が悪くなる人もいるという事を分かってもらいたいです。

ちょっとの気遣いで助から人もいます。

私は妊娠中は吐き気の連続だったから楽しい記憶がないです。

悪阻がなかったらもう一人くらい産みたかったかなぁとも思います。

出産は痛くて辛かったけれど、悪阻よりはマシでした。

2人ともだったのですが、出産してお腹から出たら何故か胸のムカムカがスーッと取れるのがわかったんです。

それがとても不思議で私の周りの人たちにも聞いて見たけれど、誰もわかってくれる人がいませんでした。

本当にスーッととれたんです!

出産後の食事や飲み物がとてもとても美味しくて感動してました。

喉に魚の骨が刺さってたのが取れた感じというか、二日酔いが治ったというか本当にスッキリしました。

誰かこの気持ちがわかる人いないのかなぁと思います。

今子供たちは高校生になり、そのうち結婚、妊娠となった時は助けれればと思います。

私は辛かったしちっとも楽しい妊娠生活ができたなったのでいろいろと手伝いが出来ればいいかなと思います。

楽しい妊娠生活が送れるようなお手伝いをしていきたいです。

現在妊娠5ヵ月!19週目に入ったリアル妊婦日記!

只今、妊娠五ヵ月あと一週間で6ヵ月になる妊婦です。

二人目を妊娠中です。

一人目の時にはそれほど感じられなかった悪阻が二人は想像以上に辛く、吐き気止めがないと生活できないほどしんどい毎日が続きました。

妊娠発覚直後からつい最近まで続いていました。約3ヵ月間、よく耐えたな…我ながら思うほどです。

出来ることなら入院してゆっくりしたかった…というのが本音のところです。

一番つらかった時は、毎朝の朝食準備とお弁当づくりが終わったら30分休まないと次の行動に移れませんでした。

毎朝5時半に起きて弁当づくりをするのですが、それが終わって洗濯物を回すまでかなりの時間がかかりました。

今、やっと悪阻が落ち着いてきて何とか妊娠前の生活に戻りつつあるのですが、まだ布団の上げ下げは出来ません…。

主人が帰ってくる前までに何とか終わらせて綺麗にした部屋で迎えるのが精一杯です。

まさか悪阻でこんなにも悩まされる日々がくるとは思っていなかったので、自分でも驚いています。

新しい家族を迎えるにあたって色々と準備が必要なのだなと改めて思うこの頃です。

それでもありがたいことに19週の今は、一か月で体重が3キロも増えました。

妊娠前から悪阻のピークまでで1キロ減ったのでプラス2キロという計算になりますが、それでも前よりしっかり食べられるようになって安心しています。

具体的には、一回の食事の量は3歳の息子と同じくらいなのですが、完食が増えました。

朝食を食べてから2時間後に食パン1枚をトーストして食べる、お昼はお弁当を食べ、3時のおやつにパン屋さんで美味しいパンを頂く…そんな感じの生活をしています。

悪阻がひどかった時は、夕食がバナナとヨーグルトだけといった感じだったので今思えばよくあんなものでお腹がいっぱいになっていたなと思います。

でも、最近はものすごく食べられるようになり冷蔵庫も余り物でいっぱいになるということはなくなりました。

その分食費も増えますが、赤ちゃんが元気な証拠なのだと安心しています。

一人目が今現在3歳8ヵ月で二人目が生まれたら4歳差になります。

早く赤ちゃんに会いたいといってくれるので、それが本当に嬉しいです。

もちろん生まれたら生まれたで下の子にべったりになりそうなので、そうはならないように注意したいと思いますが、私はこのくらいの年齢差で良かったかなと思っています。

当初は焦りもありましたが今では、こうやって悪阻の辛い時期を乗り越えて新しい命を授かった喜びに感謝しながら過ごしています。

陣痛促進剤を使用してからの陣痛は激痛でした

出産予定日の5日前に出産しました。

臨月に入ってから検診は週に1回で、行くたびに「まだまだだね」と医師に言われ、体はとても重くて早くこの重さから解放されたいとは思っていましたが、自分でも全く前駆陣痛もなく、初産だったということもあり、出産は多分予定日を過ぎるんだろうなと勝手に思っていました。

出産の前日は、なんとなくお腹が痛くて朝に目が覚めたのですが、トイレに行くと、生理の初日のような茶色の出血がありました。

もしかしてこれがおしるしなのかなと思いましたが、量も少なかったので、良くわかりませんでした。

でも、起きてからもなんとなく腰が重く、生理の時のような感じでした。

でも重いだけで痛みはなく、なんとなく気持ち悪いなと思いながら過ごしていました。

家にじっとしているのもなんとなく嫌で、動きたいような感じだったので、夫に付き合ってもらい、家の近所をしばらく散歩していました。

すると気分も晴れてきて、そのうち、腰の重さもなくなってきて、いつもの状態に戻りました。

やっぱり出産はまだまだかと思いながら帰宅し、お昼ご飯を食べてからしばらく昼寝をしました。

夕方起きると、また生理痛のような痛みがあります。

今度は午前よりもはっきりした痛みで、いよいよ陣痛がきたようでドキドキしました。

ドキドキしながらもまだ痛みも弱かったので、夜ご飯にシチューを作り食べてシャワーを浴びました。

夜になると、徐々に痛みも増してきたので、病院に電話をしましたが、初産ならまだまだだろうからということで自宅で待機するよう言われました。

でも、夜中になるとかなり痛くなったので電話をして病院へいきました。

診察をしてもらうとまだ子宮口が開いていないということで、自宅に帰らされました。

でも、痛みで歩くのもつらくなってきたので、明け方病院へ再度行きました。

今度は入院となり、陣痛室で様子をみていると、突然温かいものを感じ、破水をしたことがわかりました。

そこで陣痛促進剤を飲むよう指示されたのですが、飲んでしばらくすると、すごい痛みがおそってきました。

その時点でまだ朝の8時ごろだったのですが、助産師さんは「今日の夜までに生まれたらいいね」とのんきなことを言います。

私はこの痛みが後何時間も続くと思うとぞっとしました。

でも結局は9時ごろ見てもらうといつの間にか子宮口がすごく開いていたようで、病院のスタッフの方たちがバタバタと突然分娩の用意をしだしました。

結局朝の11時ごろ産まれたので、陣痛の痛みが夜まで続くことにならずにホッとしました。

子供のことを考えてひたすら耐えた!悪阻が辛かった妊娠期間

私が妊娠に気づいたのは疲労感でした。

仕事が忙しくて体調を崩していたんだとずっと思っていました。

ですが、生理が遅れている事に気付きドキドキしながら妊娠検査薬を試したのを覚えています。

その時の症状は微熱と疲労感のみだったので、ストレスとかで体調崩しているだけだと思っていたので正直なところあまり実感がありませんでした。

ですが、妊娠したとわかってからすぐに悪阻に悩まされるようになりました。

一番辛かったのが「歯磨き」でした。

口に入れるたび嗚咽をもらし、でも磨かないともっと気持ち悪いので苦痛と闘いながら毎日歯磨きしてました。

食べづわりとかはきづわりとか色々ありますが私の場合ははきづわりでした。

食べては吐いての繰り返しだったので、毎日顔が真っ青で周りの家族には本当に心配されました。

あとはよだれが異様に出て気持ち悪くなりました。これもつわりの一種だそうです。

本当につわりって想像以上に大変で食事の準備は本当に大変でした。

有名なご飯が炊けた匂いはもちろん、匂い強いものはほとんどダメでした。

手首につわりを和らげるツボがあるとの事で、そこにお米を置いて絆創膏でとめてみましたが、気持ち楽になりましたがやはり気持ち悪い時は気持ち悪かったです。

私の場合、何を食べても気持ち悪く砂を食べているような感覚でした。

よく風邪をひいて鼻が詰まっているとご飯の味がしないって言いますよね。それに気持ち悪さがプラスされた感じが何ヶ月も続きました。

特に妊娠初期の頃は胎動も感じられないし、お腹も大きくないしで、いつこの辛いつわりから解放されるんだろうかとそればかり考えていました。

一般的には安定期に入る頃にはつわりがなくなると言われています。

ですが、これは本当に個人差があります。

私の場合気持ち悪さは安定期頃には和らぎましたが、食べ物の味がしないのは8ヶ月頃まで続きました。正直辛かったです。

早く美味しいご飯が食べたいと毎日おもってました。

ですがこの頃になると、お腹も大きくなってますし、お腹で元気に動き回る子供を感じることができるため、辛いだけではなかったのが救いです。

よく、病院食は美味しくない、と言いますが半年以上おいしいと思える食事ができなかった私にとっては出産後の食事はとてつもなくご馳走でした。

何一つ残さず食べてました。

出産を終えてみるとつわりよりはるかに陣痛の方が大変だった訳ですが、長期的に気持ち悪さが続いていつ終わるかも個人差があると考えるとつわりが出産の中で一番大変な時期なのではないかと私は思います。